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「ゴサインタン-神の座」 篠田節子著 [本]

篠田さんの宗教三部作の一作として語られることが多い、「ゴサインタン」です。作順で言うと、「聖域」「ゴサインタン」「弥勒」となるのでしょうか。
いつもの私ですと、『この3作品を好きな順に並べると...』とか言い出すはずなのですが、今回は、そんな事はできません。理由は、これらの物語を、好きとか嫌いとかで分類できないからです。

特に、この「ゴサインタン」は、テーマがあまりにも重すぎて、一気に読み切る事ができませんでした。読み切るのを諦めようかとも思いましたが、間に数冊の本を挟みながら、やっと読了しました。しかし、未だに消化不良を引きずっています。
 主人公は救われたんでしょうか?
 そもそも「救い」って何でしょうか?
まさか、「救い」繋がりで、次作「弥勒」になる訳ではないのでしょうが...。

淑子の神としての能力や、彼女の引き起こす超常現象に対して、「そんなバカな事がある訳がない」と一笑に付すことも出来るのでしょう。しかし、そう言い切れない自分も確実に存在します。

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「エンジェル エンジェル エンジェル」梨木香歩著 [本]

愛と憎しみ、敬愛と嫉妬の物語です。
奥深いです。伏線とすべく、故意に省略されているストーリーを見つけ出すための、想像力と注意力が必要です。そういう私は、大分見落としているようですが...。

この物語は、聖書の一節が出てくる事からも分かる通り、「愛」という言葉が重要な意味を持っています。しかし、一応自分は仏教徒だと思っている私には、「愛」と言われると、どうも負のイメージが湧いてしまいます。
しかし、「愛は苦悩であり、その苦悩の中から慈悲を見つけ出し、慈悲によって他者との共感を得る」と考えれば、「愛」が負のイメージだというのは、短絡的な考えなのかもしれません。「慈愛」や「仁愛」というのは、とても温かみのある言葉ですし。

それにしても、私がこの本の粗筋を書こうとすると、単なる自分勝手な人間の話になってしまいます。と言うことで、一番気に入った(気になった)一節を抜粋させていただくことにします。
 「・・・・・・私が、悪かったねえ」
 「コウちゃん、神様もそう呟くことがおありだろうか」
 「神様が、そう言ってくれたら、どんなにいいだろう」
この一節を読んだ時、私は涙が出そうになりました。さわちゃんがずっと背負ってきた苦悩の重さが、この一言に表わされているように思います。

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「おちゃっぴい」 宇江佐真理著 [本]

駿河屋という札差の娘、お吉。町内では知らぬ者がない、おちゃっぴいだそうです。
読み進めるうちに、「おちゃっぴい」と「おきゃん」との違いは何だろう、と疑問が湧
きました。

 おちゃっぴいとは:
  おしゃべりで活発な女の子。また、そのようなさま。
 おきゃんとは:
  活発でやや軽はずみな若い女性。また、そのようなさま。

と、ありました。

おちゃっぴいの語源は、江戸時代の遊郭で、客に出すためのお茶を挽く仕事を、客のつ
かない暇な遊女にさせていたことからだそうです。暇な遊女を「お茶挽き」といい、そ
れが「おちゃっぴい」に変化したようです。お茶ばかり挽いているような遊女たちは、
おしゃべりでしとやかさに欠けている者が多かったことから、おしゃべりで活発な女の
子を「おちゃっぴい」というようになったそうです。その後、遊女以外の女の子も指す
ようになったそうです。

一方、おきゃんの方は、勇み肌で粋な人であれば、男女の別なく使われていたそうです。
その当時は、「お」を付けずに、「きゃん(侠)」と呼んだそうです。また、現在のよう
に、若い女性を指すようになったのは、明治になってからで、その頃から「おきゃん」
となったようです。

と言うことは、活発で口が達者なお吉は、やはり、「おちゃっぴい」なんですね。

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「江戸の娘 (新装版)」 平岩弓枝著 [本]

この本は、平岩さんの初期のころからの短編が7編収録されています。最近の物と比較
すると、艶っぽさが少し控え目だと感じました。もちろん、面白くない、と言う意味ではあ
りません。
"「御宿かわせみ」シリーズの原点ともいうべき表題作"
と紹介されている事からも、この物語から発展していった「御宿かわせみ」が、より輝い
ているというのは、当然の事かもしれません。

7編の作品の中で、私が気に入ったのは、読者の思いを裏切らない「江戸の娘」と、読者
の思いを裏切る「絵島の恋」です。両作品は、趣があまりにも違いすぎて、"最も気に入っ
た"を選ぶことができませんでした。

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「まほろ駅前多田便利軒」三浦しをん著 [本]

言わずと知れた、第135回の直木賞受賞作です。

便利屋を営む多田と、その友人である行天の一年間を描いた作品です。
この物語には、多くの別れが描かれています。それも、本人が選んだ別れではない事が
多いのです。解説で鴻巣友李子さんが書かれている、「人は生きていれば、いろいろな
ものごとから、いろいろな事情で切り離されなくてはならない」という一文が、それを
示しています。

しかし別れがあるという事は、出会いもあるという事です。そして、この物語での出会
いの場は、「バス停」です。とても印象的な出会いが、このバス停で起こります。

多田が行天と出会ったことは、両者にとって必然だったのかもしれません。

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「グラスホッパー」 伊坂幸太郎著 [本]

「群れを成すと破壊性が高くなる」というのが、この物語の底流でしょうか。

言葉巧みにターゲットを自殺させる殺し屋「鯨」。
ナイフ一本でターゲットを仕留めるナイフ使いの「蝉」。
妻の復讐に人生をかける元教師の「鈴木」。
「鈴木」「蝉」「鯨」3者それぞれが一人称で語る、殺し屋の物語です。
ハードボイルドのはずなのに、何かユーモラスな感じが漂う、何とも不思議な読み心地です。

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「背負い富士」 山本一力著 [本]

2006年6月からNHK木曜劇場で放送された、"次郎長 背負い富士"の原作です。

もう十年以上前になりますが、清水市(現静岡市)の梅陰寺(ばいいんじ)を訪れた事があり
ます。
ここには、次郎長や妻のお蝶、子分の大政、小政の墓や遺品が残っています。さらに、
次郎長の銅像が建てられています。侠客としては全国で唯一人だそうです。

またこの時、次郎長の生家にも行ってきました。次郎長が使った道具や井戸があったり、
資料の展示も行われています。当時を偲ぶことができます。

私が、梅陰寺や生家を訪れた当時には無かったのですが、、船宿「末廣」が復元された
そうです。ホームページを引用させていただくと、"明治十九年、東海道一の大親分と言
われた清水次郎長が、清水波止場に開業した船宿が復元されました。"とのことだそうで
す。
今回、「背負い富士」を読んだことで、また訪れてみたくなりました。

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「恋をしよう。夢をみよう。旅に出よう。」 角田光代著 [本]

ブルームブックスのHP上で月2回連載されていたエッセイだそうです。
このエッセイを書かれたのは、「対岸の彼女」で直木賞を受賞された時期と重なります。
とても忙しい合間を縫っての執筆だと思われるのですが、そんな事は微塵も感じさせな
い、ほんわかとした内容です。
"まさか角田さんにとって、小説の執筆が仕事で、書評の執筆が息抜きで、エッセイの
執筆が趣味なのでは?"と、失礼なことを思ってしまう程、面白いです。
疑問形の題名と、「あなたは...?」という疑問形で終わる文とに、「分かる、分かる」
と、言ってしまう事請け合いです。

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「三味線ざんまい」群ようこ著 [本]

群ようこさんのエッセイを読むのは久しぶりでした。

先日、病院で血液検査を受けました。診察はその検査結果が出てから、との事でしたので、待ち時間に読むための本を、病院内の書店で購入する事にしました。書店とは言っても、棚が一列あるだけの売店ですから、置かれている本も限られます。待ち時間を楽しませてくれる本を確実に選ぶ必要があるので、ハズレのない安全なものを選んでしまうことになります。まあ、こういう時に、自宅にある「積ん読」状態となっている本を持って行けばよいのですが、間と言うのは実に悪いものです。
さて、その時購入したものが、本書です。余りの面白さに、待ち時間の間に読み切ってしまいました。

内容はと言うと、題名からも分かるとおり、三味線お稽古エッセイです。
私の母も三味線をひきますが、母が三味線を習い始めた頃の事を思い出させてくれました。著者は小唄で、母は民謡ですが、共に相手(唄い手)がある事ですので、自分だけ悦に入っていてはいけないところが難しい、との事です。相手を引き立ててこそのものですからネ。
発表会が近づいた時、題目を必死にさらう著者の顔が見えるようで、思わず"ガンバレ"と応援せずにはいられません。きっと今でも、著者は三味線を楽しんでいるのだろうと思わせてくれます。

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「聖域」 篠田節子著 [本]

本で読んだのか、新聞で目にしたのか忘れてしまいましたが、
「諦観、人は如何に生くべきか、如何に死すべきか。」
という言葉を思い出しました。

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